〜不倫・W不倫で悩んでいるあなたへの
大切なお手紙〜


不倫恋愛で失敗しないための
禁断の3つのルール


初めまして。

捺月美羽と申します。

今回、私は貴女に特別なものをお贈りします。

それは、知り、心で考え、実践していかないと、
自分を
惨めにし、苦しめてしまう


「不倫恋愛に不可欠な禁断の
3
つのルール」


⼀⾒当たり前すぎて誰もがスルーしがちな些細なことだけど、
不倫恋愛の初期の段階で 意識、実践することで何にも考えていないノープランな
不倫恋愛をより良い恋愛にすることができるというものです。

⾳信不通に始まり既読スルーそして訪れる一方的な別れ。

これが98%の確率で陥る普通の不倫恋愛の行き着く先。


も、今回の特別動画では、
それを
回避し乗り越える方法を動画で話しています


私、捺月美羽がクライアントに
不倫恋愛のセッションを行って、
幸せに導いたお客様の声

こんな悩みを抱えて、
一人で悲しくなっていませんか?

 


  • 相手に合わせてしまい、自分自身を惨めに感じる
  • 既読スルーされている
  • 未読無視されている
  • 都合よく相手に呼ばれ、主導権を相手に与えている
  • 相手が家族と幸せな時間を過ごしていると思うと、
    死にたくなる。
  • いろいろな方のカウンセリングを受けたが、
    何の変化もなく、毎日憂鬱になっている。
  • 相手の一挙手一投足が気になり、夜も眠れずで辛い。
  • 1日中不安に苛まれてる
  • 自分に自身がない
  • 音信不通が続き、モヤモヤやイライラが溜まっている

 

 

こんな悩みを抱えていた人が
3つのルールを知って
幸せな成長や不倫成就に至ることが
できたのか

 

ここで、あなたに気づいて欲しいことがある。


それは、

『不倫≠恋愛=偏愛』

だということ。

 

 

要するに、「不倫恋愛は同じではない」ということ。

確かに不倫も恋愛の一つの形だけど
決して【恋愛=不倫恋愛】ではないってこと

 

 

もしかしたら、この言葉を聞いてショックだったかもしれない。

 

恋愛にいろいろな形があるように、
不倫恋愛にもたくさんの形がある。

 

 

だから、「偏愛」


そんな、⾏く先が⼤変で覚悟が必要な不倫恋愛=偏愛において押さえておかなければならないポイントがあります。

それが、今回の登録者さま限定で公開する
『不倫恋愛における、失敗しないための禁断の3つのルール』

さて。この禁断の3つのルールを学び、心で感じ、
実践した方々がどうなったのか・・・

 

不倫恋愛者だった多くのクライアントが
この「3つのルール」を実践したことで
彼との関係が安定し
お互いの障害を乗り越えました。

 

お名前・お顔は伏せさせていただきます。
個人の感想です

セッションを受けていただいたクライアント様の声の一部を
掲載させていただきました。

こんな大口を叩いている私は
一体何者なのか?

 

Luna miu / Life extension
    不倫・W不倫専門

   カウンセラー・ヒーラー

捺月美羽

いままで、数えられる方でも6376名以上のクライアント様とセッション、ヒーリングをさせていただきました。

なぜ、私が、他の不倫・W不倫カウンセラーと違うのか?

上記に掲載させていただいたクライアント様たちにも
おっしゃって頂きましたが、

私自身が、波乱万丈の人生を送ってきていて、
実際に、不倫・W不倫を何度も経験し、試行錯誤しながら気づきを実践し、幸せなシンデレラへと変貌できたからです。


よくクライアント様から聞くお話ですが、
不倫を経験もしていないカウンセラーもカウンセリングを行っているようです。

このお手紙の最後に
「追伸」として、私の過去を語らせていただきました。

このタイミングで、
ぜひ、不倫恋愛のための
「禁断の3つのルール」を手に入れてほしいし、
実践して、幸せな恋愛と貴方の成長をしてほしいと思う。

今すぐメールアドレスを登録して、
「禁断の3つのルール」を手に入れてね!

貴方の人生が一変することを願います

 

この7つの動画で、
あなたが得られること

 

  • 彼に振り回されてばかりの辛い不倫からあなた自身が彼をコントロールできるようになる。
  • 彼を追うばかりの恋愛から追われる不倫恋愛になる。
  • 彼の態度が不安でゆうつな毎日から抜け出しあなたらしい心も体も元気で過ごせる
  • この先が見えないノープランな不倫恋愛から将来が見える恋愛の一歩を踏み出せる
  • 行き当たりばったりの不倫・W不倫恋愛を戦略的に育てていけるようになる
  • 音信不通を避ける、今そうなっていても対処法が分かる
  • なによりあなたが彼の中の一番になれる一歩目のきっかけになる

 

 

追伸:最後に

 

最後に私の事を少しお話するわね。

 

福島県に産まれ育ったのは、宮城県仙台市。
高校中退。それでも根性だけはあったみたい。

 

不動産業ではパートから入って正社員になり平社員から最後は役職つきの管理職だったわね。


美容部員をしていたこともありKane○の部門では自社の美容部員を抑え全国1位、次年度2位の実績


自社ではMVPを2度いただいたことがあります。


この時もパートから始めてマネージャーだったわ



美容部員から引き抜かれ嬌骨美協会 コルギセラピスト講師(日本に2名しかいません)になったことも



でも結局オーナーが矯正⻭科医だったの。


だけどそのサロンを運営しているほかの事業経営がうまくいかず私のサロンが補填に回ることになり給与が遅れだし結局はやめることに。



その他にも、特定非営利活動法人 日本ボディスタイリスト協会

リンパアドバイザー、フェイシャルアドバイザー、オートリンパアドバイザー、ベビーリンパアドバイザー、痩身理論受講認定、美容関係の等の講師資格などなど。

 

トータルビューティシャンでもあります。

 


中卒でも、不動産会社では課⻑へ登りつめ、化粧品販売ではマネージャー。自分が任されたお店は5店舗あった。



エステでは店⻑をつとめるなど、ビジネスライフの面でもモチベーションについてもアドバイスしていた。

 


なぜ、そんなに色々必死にやってきたのか?できたのか?

 

それは、生きるため・・幼少の頃の私の家庭環境も大きく影響してるし結婚後の夫との確執子供との別れなど



理由は上げればきりがないけど、

 


一言でいえば「生きるため」

 


そして何より本当に誰かに愛して欲しいし、愛したいからだったかな



幼少期、父と母は再婚。

 

父にはいつも女性の影があり私が小学高学年の時に偽装の離婚届を出し母とは離婚成立したけど妾も数人いたかな腹違いの子供も5人まあ、時代だったのかもね。

 

母からは

 

「父親に捨てられた子、あんた達さえいなければ!」

 

と言われ誰にも頼る人がいなくて毎日が孤独との闘い

 


金銭的には恵まれていたものの家庭環境が悪く中学の頃には人生の転落を経験しました。

人を信じることが出来ず、大人が大嫌い。

 

学生時代は更にエスカレートそんな時恋人ができ同棲をはじめ、人を初めて愛し愛されることを知る。

 

彼が全てだったかな、親にも見捨てられてたと思っていたその時の私は孤独やさみしさ、悲しさをすべて彼で埋めていました。


だけどそこは幼い愛。2年で彼が遊びたくなり女ができ捨てられる。

 

ここから更なる人生最大転落。

暴走族、黑い付き合い、夜遊び、酒におぼれ、鉄パイプで○○を殴りつけ・・・とてもここには書けないような
ときだったわ。

 


2度目の結婚を機に、仙台から、静岡に引っ越しすることになり、その人たちとはそれで切れました。

 

それから30年間、静岡で生活したけどそこでもなぜか周りにはそういう人が多かったな

 

子供を2人授かるが旦那の浮気、働かない、借金によりたんだん夫婦仲が悪くなって別れることに



このとき初めて子供たちを手放すことになる私が24歳の時。

 

25歳の時、2番目の旦那と知り合う。

そして結婚し子供2人設けるが暴力、借金癖、遊び癖が度重なり離婚。


この旦那とは復縁、離婚、復縁、離婚、復縁、離婚と繰り返すが、結局は最後には、旦那の暴力により病院送りになるほどになって最後となる離婚をする。

 


私の身⻑は、163センチ。当時の体重は36キロ。

普通に働ける状態でもなかった。
子供たちは元旦那のところにまた置いて手放すことになる。


30歳位の時、3番目の旦那と知り合い結婚した。きっかけは子供ができたからでも私は結婚しないと言っていたのね

 

何故かと言うと大事なもの、守るものを持つと私は失う。

 


だから子供は生まない、守るものは持ちたくない。と言ったけど、

 

その時の旦那の言葉は、「誰にでも幸せになる権利がある。」そう言ってくれたとき私は幸せになってもいいのかな?と思って結婚を決意。

 

その後子供を2人設ける。だがしかし、そんなこともあったも裏腹にモラハラ、生活費を1銭もくれない。結婚生活5年目位からどんどんおかしくなる。



もし、あの時子供を引き取る事が出来てたとしても、私が母から浴びせられた言葉を私が子供に言ってしまうんじゃないか

 

そんなことを言ってしまうかもしれない自分を感じたら私は子供を手放すことを選んだ。


自分が可愛かった自分を私は大嫌いで許せなかった。

でもそれを許せたのが30歳の時位だったと思う。10何年かかったな。

 


その時初めて、産んだ責任と言うものを理解したんだと思う。本当に浅はかで馬鹿な女だなと自分で今でも思うけどね

 

だから3番目の旦那と結婚した時、私はゴミのように扱われても、その家庭の体裁を守るためにそこにいなきゃいけない状態だった


子供たちが大きくなるまではと自分の心に決めてその日が来るまで自分の自立できるように目標を掲げたのね



私はその時姉の借金を背負った。生活費をくれなかったから、もちろん自分の借金もある。いえ、ストレスで買い物した借金もあった。



でもそれを全て、1円も誰にも頼らず。自分で1年間で返した。総額8,000,000位だったかな



起業したのはそのため。私は一年でそれを全て解決し、貯金5,000,000もの過ごすことができた。

 

子供たちが、「お母さん私たちはもうこんなに大きくなったからそんな扱いされるの見ていたくないよ。」

 

もう大丈夫だから早くこんな家から逃げな。

 

出張から帰ってくると、「どうしてお母さん帰ってきたの?早くお母さんは自分のために生きるように早くこの家から逃げてよ。」そう言われたこともあったわね。



そして、3番目との旦那とできた間の2人の子供がそれぞれ独立した時に離婚し

 

今は恋愛、不倫恋愛カウンセラー 素敵女子として輝いて生きていける生き方コンサル。

そしてヒーリング
カウンセラーとして

 

恋愛、不倫、W不倫 生きることに悩み苦しんでいる女性を一人でも多く救うために今にいたります。

 

ここでは、話せない内容や私自信の経験からできるアドバイス、まだまだたくさんあるから気になる人は聞きに来てね。

 


最後に、
あなたは幸せになるために生まれてきたの、今は苦しくてもいつかはなんて言う人いるかもだけど
人の命は有限で時間も限られている

 

なら、あなたの時間を1秒も無駄にすることなく幸せになるために生きる事が今のあなたに一番必要な事のはずだからね。


いつも、あなたを応援しています。

 

                              捺月美羽

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